エジプトの春を祝う日 シャム・エル・ネシーム なぜ塩漬けの魚「フェシーク」を食べるの?
春の訪れを祝うエジプトの祝日 シャム・エル・ネシーム
エジプトでは、毎年春分の日(3月20日頃)の後の月曜日に、「シャム・エル・ネシーム」(Sham El Nessim)という国民の祝日があります。これは古代エジプトの時代から続く、とても歴史のあるお祭りです。アラビア語で「シャム・エル・ネシーム」は「そよ風を吸う」という意味を持ち、冬が終わり暖かな春のそよ風を楽しむ日とされています。
この日は、多くの人々が公園やナイル川の岸辺、庭園などでピクニックに出かけ、家族や友人と一緒に過ごします。春の美しい自然の中で、特別な料理を囲むことがこの祝日の一番の楽しみの一つです。そして、このシャム・エル・ネシームに欠かせない、最も特徴的な食べ物があります。それが「フェシーク」(Feseekh)と呼ばれる塩漬けの魚です。
独特の食文化:塩漬けの魚「フェシーク」
フェシークは、ボラ科の魚を発酵させながら塩漬けにした保存食です。見た目は少し独特で、強いにおいがあります。食べるときは、塩抜きをしてから皮や骨を取り除き、レモン汁やオリーブオイル、刻んだパセリなどをかけて食べることが一般的です。一緒に食べるのは、新鮮な玉ねぎ、レタス、ルッコラなどの野菜や、エジプトのパン「エイシ」などです。
このフェシークは、エジプト人にとってシャム・エル・ネシームにはなくてはならない伝統的な食べ物ですが、外国人にとっては非常に珍しく、また独特な味とにおいから驚かれることも多い料理です。
なぜ春の祝日に塩漬けの魚を食べるのか?
なぜ、春の訪れを祝う日に、このような塩漬けの魚を食べる習慣が生まれたのでしょうか。その歴史は非常に古く、古代エジプト時代にまでさかのぼると言われています。
古代エジプトでは、ナイル川がもたらす豊かな恵みに感謝し、春の訪れとともに生命が再生することをお祝いする祭りが行われていました。その際に、ナイル川で獲れる魚が重要な供物(お供え物)として捧げられていたのです。魚は、生命力や豊穣の象徴と考えられていました。
また、古代から現代に至るまで、乾燥や塩漬けといった保存技術は、食物を長く保つために重要でした。特に温暖な気候のエジプトでは、魚を安全に保存する方法として塩漬けが発展しました。シャム・エル・ネシームは通常、キリスト教の復活祭(イースター)の後の月曜日になります。コプト正教では、復活祭の前に長い断食期間がありますが、断食明けに滋養のある魚を食べる習慣と、古代からの春の祝祭が結びついたという説もあります。
つまり、フェシークを食べる習慣には、古代エジプトの自然への感謝や生命観、食物の保存技術、そして宗教的な背景が複雑に関係していると考えられます。
子どもたちに伝えるヒント
シャム・エル・ネシームとフェシークの話は、子どもたちに世界の多様な食文化や、歴史と食のつながりを伝える良い機会となるでしょう。
- 古代エジプトとのつながり: 魚が古代エジプトの壁画によく描かれていることや、ナイル川の恵みが人々の暮らしにとってどれほど大切だったかなどを話すと、歴史への関心を引き出すことができます。
- 保存食の知恵: フェシークのような塩漬けが、昔から食べ物を無駄にしないための人々の知恵であったことを説明し、日本の干物や漬物などと比較してみるのも良いでしょう。
- 五感で感じる文化: フェシークの「独特のにおい」について触れることで、食べ物は味だけでなく、においや見た目など五感全体で感じるものであることを伝えられます。
- ピクニック文化: 暖かい季節に外でみんなで食事をする楽しさは、日本の花見や運動会の昼食など、子どもたちにとって身近な経験と重ね合わせやすいかもしれません。シャム・エル・ネシームでは、ゆで卵をカラフルに染めて飾り、それを割って食べるという楽しい習慣もあります。
食文化から異文化を学ぶ
シャム・エル・ネシームのフェシークという食文化を通して、私たちはエジプトの人々がどのように春を祝い、自然の恵みに感謝してきたかを知ることができます。また、同じ「春のお祝い」でも、国や文化によってこれほどまでに祝い方や食べるものが違うことを学ぶことで、世界の多様性やそれぞれの文化が持つ深い意味に気づくことができるでしょう。
食べ物には、その土地の歴史、気候、人々の暮らし、そして信じていることなど、様々な情報が詰まっています。シャム・エル・ネシームとフェシークの話は、食べ物を通して世界の文化に触れる興味深い入り口となるはずです。